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zoom RSS 「緊張とあがり」

<<   作成日時 : 2012/07/16 12:49   >>

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弓道は、精神状態が射に大きく影響する。晴れの舞台(試合や審査など)では、緊張して実力が発揮できないという人が多いい。緊張しないように落ち着こうとすればするほど緊張感が増してしまうものである。適度の緊張は士気(やる気)を高めて技が生きてくるから、緊張することは必要なことで、緊張することを恐れてはならない。しかし、過度の緊張は「あがり」となって技が発揮できずに、予期もしない失敗を招いてしまうことにもなる。

緊張せずに気がゆるんでいては、集中力が欠けて射の動作が成りゆきまかせにおち入りやすく、その成果はかんばしくないものとなる。行射に集中するためには、緊張感があることが必要不可欠である。その緊張感は、普段の練習で養われる。気がゆるんだ練習をしていては、いざ晴れの舞台では過度の緊張感となって「あがりの症状」が出てしまうことになる。

集中力を発揮するというとは、一点に集中することでは無く、自分以外の事にも気を配れるということである。 自分の前の人の動き、後ろの人の動きを見ること無しに感知して、自分がどう動作したら良いのか、状況が把握できている状態は、緊張感の中で集中しているからこそ出来ることである。これは、心眼による場の把握で、集中力による意識の分散である。

集中していれば、他の音も聞こえないとか、他人の動きなど気にできない、などと反論する人がいるかもしれない。が、試合開始の合図や、制限時間の予鈴警告音が聞こえないのは集中しているからではなくて、単に本人が舞い上がっているからである。
「決勝の最後の1本はどう射ったかよく覚えていません。」と言うコメントが優勝者なら、他人はすごい集中力だと言い。同じコメントを敗者が言えば、緊張で舞い上がっていたのだろうと他人は思うことになる。

14日の土曜日は某高校弓道部の指導日で9時に学校へ出向いた。前夜から明け方まで雷をともなった激しい雨であったが、朝から日差しが強く蒸し暑い真夏日となり熱中症にも注意する日となった。午後から姉妹校との定期戦が市営弓道場にて行なわれることもあってか、生徒達はいつもより緊張感を増した練習が行なわれた。

姉妹校との定期戦は、両校の参加選手が約30名であるが一年生11名が含まれている。引率の先生は2名であった。1名が召集と記録係、もう1名が的前審判員で、私が進行係を兼ねて射場審判員と役割分担を行なった。試合に初デビューした一年生に細心の注意を払って試合の進行にあたっていたら、予測していた事態が起きてしまった。

一年生が、大三からいっきに妻手引きして手繰り、矢を弓の中に引き込んでしまった「放すなよ!」と声をかけて、左手で矢をつかみ右手で弓を押し開いて、矢を弓の中から外した。「よし!放してもいいよ」と声をかけて、離れた。当人に手繰ってしまうと弓の中に矢が入って危険であるからもっと長い矢を使いなさいと注意した。今回は事故には至らなかったが、生徒が怪我する事故が起きたならば…と思うと、射場審判は責任重大である。
 
人は、ある重要な場面に出会うと、そのプレッシャーがもとで緊張する。そしてその緊張の度合が大きくなり「あがる」状態におちいる。この状態では、普段の力を発揮することが困難になる。「あがり」の原因はいろいろあるが、一種の恐怖心が一番の原因であるといえる。恐怖心におちいって、それが過度になった状態がいわゆる「あがる(あがった)」状態なのである。

恐怖心は心理学的にいうと、ある欲望が阻止されようとする心配から起こる、苦痛の予知である。それは「失敗したらどうしよう」「間違えたらどうしよう」等の、これから起こるかもしれない失敗に対する心配が、恐怖心を増幅して「あがり」となるのである。

そもそも「失敗することを恐れる」原因は、心理学的に言えば「自分の名誉欲・自尊心」だと言われている。晴れの舞台で、多くの観客の前で失敗すれば、自分の自尊心が傷つくことになる。「的中したい」「試合に勝ちたい」「審査に合格したい」という欲望は、失敗を恐れることと表裏一体なのである。別の言い方をすれば、大勢の人の前で何か失敗をしてしまうのではないかという恐れの影には、自分を認めて欲しいとか、自分の失敗を他人に見られたくない、という気持ちが裏に隠れている。名誉欲を捨てれば、緊張することは無くなるのだが、同時にそれは闘争心をも制限してしまうことになる。人間は闘争心を持つことによって自らの技能を向上させているという面を持っているから、名誉欲を捨てるということは、向上心をも捨ててしまうことになる。

緊張しないようにと思うと、よけいに緊張してしまう。リラックスしようと思うとますますリラックスができない。「あがり」と言うものは、「あがらないように」しようにと強く思うと逆に「あがり」が増大し、「あがってもいいんだ」「失敗してもいいのだ」と思うと逆に「あがり」は減少するという性質がある。

あがりやすい人ほど晴れの舞台では、「失敗しないようにして、良い結果をだそう」という考がある。あがりにくい人は、度胸を据えて「失敗しても当たり前」的な楽観的思考でいる。実はその楽観的思考こそが「あがらないため」の一番の薬なのである。楽観的思考になれば、極度の緊張や不安で悩むことはなくなる。しかし楽観的な気持ちでいようと思っても、そう簡単に変われないのが人間である。

試合になると緊張して実力が発揮できない、という悩みを持った人は沢山いるはずである。そんな人たちは試合になると落ち着こう、落ち着こうとして努力しているが、その「あがらない」ための方法を、心理学的に分析する。
1)いわゆるジンクスと言われるもので、過去に良い結果を得たときのイメージを再現する方法である。
2)恐怖心に十分対抗するだけの準備をすることある。晴れの舞台に備えて十分な練習をするとか、技術的な練習をしっかりすることで、安心感を得る方法である。
3)晴れの舞台が普段の練習だと思うとか、審判席の先生や観客を野菜のカボチャや大根だと思う方法である。
4)お守りや縁起物に頼ることや、晴れの舞台に立つ前に{勝つ丼}を食べるなどの、げんをかつぐのも一つの方法である。
5)緊張に対する耐性を高める。または 過度の刺激に反応しないようにする。晴れの舞台などの場数を踏む、経験を積むなどの方法である。

1)〜5)については「あがらない」ための方法で、晴れの舞台に立って、すでに緊張して「あがってしまった」状態になった場合は、1〜5の方法で緊張をほぐすことは出来ない。
1〜5は、予防策であって対応策ではない。

完璧を求め過ぎて、失敗しないようにしなければならないといったプレッシャーが「緊張」を引き起こし、過度の緊張による不安から「あがり」の症状を大きくする。
腹式呼吸は、リラックス効果がある。日頃から腹式呼吸(丹田呼吸)で精神を整える訓練をしていれば、緊張していながら心に余裕がある状態でいられて、予期せぬ事態や失敗があっても冷静に対処できるように必ずなれる。自分を信じることが、自信を持つことでもある。

定期戦の試合は、1チーム3名で四つ矢×3回の立射での競技であった。結果は、当弓道部が団体戦と個人戦ともに優勝することができた。勝っても負けてもこのたびの経験が、生徒達の自信につながってくれることを願っている。

試合の進行が二回りしたところで15分間の休憩をはさんだ。その間を利用して私が、四つ矢での坐射を一回射てみせた。○○○×で4本目を大きく的の後方に外した。失敗したのは完璧を求め過ぎた(皆中の意識がよぎった)結果でもあるが、4本目は会での詰合いが乱れて、四つ矢を連続して射る体力(スタミナ)がまだ無いことを実感した。(13kgグラス弓・28.5g竹矢を使用)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
養心さん、分かり易い内容ですね。

また、事故が防止できたのも、養心さんが適度の緊張感を保っていた必然です。
隙の無さに、感服します。
レフティー
2012/07/20 19:43
自分のできることを
やろうと思いました。
key*
2012/08/05 04:44

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